PLAY! #わたしらしく山を楽しむ

PLAY No,05

探検家

Daisuke Takahashi

髙橋 大輔

髙橋さんによると、我々が知っている浦島太郎のお話は
第3形態なのだそうだ。

「浦島太郎は子どもたちにいじめられている亀を助け、龍宮城に連れていってもらい、乙姫様と楽しく過ごして帰ってきます。そして玉手箱を開けておじいさんになってしまいます」
 しかし一つ前の第2形態、平安時代に成立した『御伽草子』の浦島太郎はそうではない。
「漁師である太郎は亀を釣り上げてしまいますが放してやったことから、その亀の化身である美しい女性に連れられて龍宮城に行きます。最後は玉手箱を開けてしまいますが、太郎は鶴になって飛び去り、亀の姫と仲睦まじく暮らした、というものです」

 物語は時代によって形を変えていく。しかし、変わらない核心の部分もある。時代によっても形を変えないほどの強さの理由に、物語が事実をモデルにしているから、という可能性はないだろうか。髙橋さんはそう考え、物語の中に含まれた真実の欠片をていねいに選り分けることに挑んでいる。そうして元のエピソードを再現し要としているのだ。
 重要なのはオカルト要素を避け、史実に基づいたものだけを素材とすることだ。そのためには学術的なピースを探し、正しいと思われるものをさまざまな解釈で読み解いていくことが必要になる。つまりこれは歴史を物語として読み解いていく知的な時間旅行なのだ。そしてこういった再解釈のためには、現場を訪れてみることが必要になる。

「行ったところで、何があるかは分かりません。

手がかりどころか収穫は何もない、なんてこともあります。けれどその場の空気感を知り、変わらないであろう景色を見ることが、仮説に新しいアイデアを与えてくれます。偶然に出会った人から聞いた古い言い伝えが、後々資料をあたっているときに結びつくかもしれない。景色を見ているからこそ、歴史書の中の文言が体に入ってくるということもあります。私にとっては知ることとと同時に、現場に行くことも大事な思考のプロセスなんです」
 浦島太郎についても数年をかけて、この手法でその成り立ちを探っている。その思考と検証の旅は2022年4月「仮面をとった浦島太郎 その正体をめぐる四七八年のミステリー」として上梓された。
「大元の第1形態とも言えるお話の中では、浦島太郎は "浦嶋子(うら しまこ)" という名前で登場します。時代は1500年以上前の奈良時代にまで遡ります」
 浦嶋子は『日本書紀』『万葉集』といった歴史的書物にも登場する。また、同時期に原本が成立したとされたとされている『丹後国風土記』では詳しく取り上げられている。
「これらの話の中で、亀が登場するのは日本書紀と丹後国風土記だけです。また玉手箱を開けた末のエピソードもそれぞれ異なります。しかしすべての物語で、竜宮城のような夢の国にたどり着くという部分は共通です」

 この夢の国を『万葉集』では具体的にこう記している。
"老いもせず、死にもせず"
 描かれているのは時間の流れを超越した不老不死の宮殿の様子だが、それは神仙思想に語られる仙人の国にほかならない。

 神仙思想とは中国に古くから伝わる民間信仰のひとつ。修行を積み、特殊な薬を飲むことで不老長寿がかない、やがてあらゆることをおこなう全能の人格たる神仙、いわゆる仙人になることができるとされている。この神仙が住むのが、大陸のはるか東方海上にうかぶ蓬莱(ほうらい)、方丈(ほうじょう)、瀛州(えいしゅう)の三神山だ。髙橋さんは
「こうした大陸の思想が、日本の古い古い言い伝えにとり入れられていることは、非常に興味深いですよね」
 と語る。現に、丹後半島では、2000年前にあたる弥生中期の奈具岡(なぐおか)遺跡から中国由来の大型鉄器が出土するなど、大陸との活発な交流があったことも確認されている。
「そうした物品のやりとりと共に、さまざまな文化や伝承が伝わったことは想像に難くないと思います」

浦島太郎の物語の核心には、海の向こうからやってきた不老不死伝説の存在が見え隠れしている。

 浦島太郎伝説が残る丹後半島の突端近く。舟屋で知られる伊根の町には浦嶋子を祀る浦嶋神社があり、ひとつの掛幅(幅の広い掛け軸)が伝わっている。
 室町時代に描かれたその絵には、浦嶋子が亀を釣り上げ、その亀が乙女となって二人で常世の国(=蓬莱)に行き、夫婦になる様子が描かれている。乙女の名は亀比売(かめひめ)。嶋子は楽しく過ごす一方で修行を重ね、仙人になっていく。しかし故郷を想い、父母を慕う気持ちは抑え難く、一度ふるさとに戻りたいと願う。そうして故郷に帰ってきたものの、あたりの様子はすっかり変わっていた。そこで、出会った老婆に浦嶋子の家族を知らないかとたずねてみるのだ。しかし老婆はこう答える。
「浦島子といえば、300年前にここにおられた立派な方であったと言い伝えで聞いていますが、ある日海に出られたままで帰っていらっしゃらなかったそうです。ご両親は悲しみで亡くなられ、ご両親の兄弟は山に登って篝火を焚いて、嶋子の帰りを待ち望んでおられたそうですよ」
 嶋子は会いたい人たちがすでにいないことに絶望し、その孤独感から亀比売を想って玉櫛笥(たまくしげ=玉手箱)を開ける。すると白い煙と共に封じ込められていた300年という時間が解き放たれ、嶋子は老人となってしまうのだ。
 髙橋さんはこの掛幅の、ある部分に注目していた。左下に描かれている、滝のある山。それは浦嶋神社の裏手にある雲龍山によく似ており、そこに流れる滝は布引(ぬのびき)の滝にあたるのではないか、というのだ。
「神社に伝わる資料というのは何かしらを後世に伝えるために残されていると思うんです。そう考えると、わざわざ現実の山に似せて描くなら、そこには何かか意味があるのかもしれません。なので、今回はちょっと登ってみようと思うんですよね」
 600年前の掛幅に描かれた山を現在の山に当てはめる。そうした読み解きは知識を土台とした想像力がなくては成り立たない。物語を物語として受け止めるだけではなく、自由な発想でその先を想うのだ。

 標高358メートルの雲龍山へは、1000年以上前から使われている堀切のような古道をたどっていくことになる。これは意識的に掘られたものではない。人が歩き、牛が踏み、そのくぼみを雨水が削り、水の流れた跡を整備してまた人が歩く。この積み重ねで、いまやもとの面から2メートル以上も下がってしまった。道もまた、使うことですり減っていくのだ。
「それくらい永く使われてきた道ですね。大昔、それこそ奈良とか平安の時代には、天皇のお使いをお迎えして、この道を通って来たんだろうって言われています」
 かつては主要道路と言ってもいいほどの道だったが、平地に道路が整備されるようになると、この山道は使われなくなり、手入れされなくなっていった。しかし、その道をきちんと整えようと「滝山保勝会」が立ち上げられた。会長の藤原さんは、この地域の歴史に詳しく、雲龍山を歩く人たちのハイキングガイドも務めている。
「毎年3月の浦嶋神社の延年祭(えんねんさい)にはたくさんの人がお見えになってました。近代ではその人達はここを通るか、海から来るか、だったと思います」
 整備された登山道を1時間ほど歩いた山頂は台地のように緩やかだ。布引の滝は、杉の木立の間を流れるせせらぎが、台地の端から流れ落ちていくものだ。滝の頂上に立って、髙橋さんは眼下の風景を眺める。

「きれいな景色ですよね」

 はるか足元には田園が広がり、その中に浦嶋神社が見える。側を流れる筒川は山の間を抜け、海に続いていく。雄大で広がりのある風景。圧倒的な高度感。山に白い布を垂らしたように見える滝を、雲に駆け上がる龍に例えたとしても違和感はない。それほどのスケール感なのだ。そして、ここなら海の彼方まで見渡すことができる。ここで篝火を焚けば、海からも見えるだろう。
「神社に伝わる物語の、始まりと終わりを形作る舞台としては、ふさわしい感じですよね」
「ほんまキレイな景色ですよね。僕ら、道の整備で年に何回かここ登りますけど。毎回いい景色やなーって思います」
 同行してくれた滝山保勝会の若手会員である和田さんが嬉しそうにつぶやく。
「今日はちょっと曇ってて残念ですけど、天気いいと海がキレイで。青い青い海の向こうに、雪をかぶった真っ白な白山(はくさん)がポコっと見えるんですよ」
 何気ないひとことに、髙橋さんが激しく食らいつく。
「え? ここから? 白山が見えるんですか」
「ええ、見ますよ、ちょっとまってくださいね。ああ、これこれ」
 和田さんはそう言いながら自分のスマートフォンを示してくれる。
「見えるって言っても冬の天気がいい日だけで、年に何回かですけどね。水平線の向こうにね」
「ああ……、そうなんですね……」

 白山は富士山、立山とならぶ日本三霊山のひとつで、古くから修験霊場として栄えた山だ。雲龍山からこの霊山を望むことができるなら、それは浦嶋の物語に何か影響を与えてはいないだろうか。神仙思想と山岳信仰はどこかでリンクしたのではないだろうか?
 冬の晴れた日、海の彼方に白く雪をかぶった山が姿を表す。それは神仙思想に伝えられる、蓬莱の島に見えなかっただろうか。髙橋さんの頭の中でさまざまな思いが駆け巡る。
「そうか……。ここから見えるんですね。そうですか〜」
 髙橋さんはじっと目を伏せて考え込んでいたが、やがて顔をあげて言った。
「やっぱり来てみないとわからないもんですね。今度は白山かぁ。宿題が増えましたね」
 知識は、巡り合ったものに意味を与え、ピースとピースをつないでくれる。そして歩くからこそ、また新しい繋がりが見えてくる。
 こうして歴史の中の物語を身体で確かめる髙橋さんの活動は、終わることなく続いていくのだ。

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Daisuke Takahashi

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