PLAY! #わたしらしく山を楽しむ

PLAY No,04

野草愛好家

KUSACO

「あったー!」 ハリのある弾んだ声が響く。

KUSACOさんは、登山道にストンとしゃがみ込むと愛用のマクロレンズをつけたPENTAX K3を構えた。
 7月の終わりのアポイ岳。山を登りながら、振り返ると斜度感のある裾野の先に波が砕け、その先には群青色の太平洋がどこまでも続いて見える。
「お〜、ここは背景がいいなぁ。サイコー♪」
 そうしてファインダーを覗きながら地べたに這いつくばるのだ。

この日は3つの植物を狙ってアポイ岳にやってきた。アポイマンテマとエゾルリムラサキ、そしてミヤマウズラだ。
 見つけたのはミヤマウズラだったが、彼女が一生懸命写真を撮っているのは草丈4cmほどの茎だ。薄緑色の茎に華やかさはなく、素人目に嬉々として写真を撮るようなものには見えない。が、彼女にとってこれは宝石なのだ。
「いいなぁ〜、可愛すぎる〜〜。ここから花になるなんてすごい。ちゃんとしたつぼみを見たのは初めてかなぁ。ラッキー」
 こうして観察ノートにはまた1つ、新たな記録が加えられる。
海からダイレクトに山が立ち上がるアポイ岳は、その特異な気候や地質によって、独特の環境を作り出している。ここに固有種が多いのも、アポイ岳ならではの生態系によるものだ。
「いや〜嬉しい。この調子でどんどん見たいなぁ」
 KUSACOさんは岩の目立つ登山道をスイスイと歩き進む。真夏の太陽はくっきりと影を落としてあらゆるもののエッジを際立たせ、山の木々の葉っぱの一枚一枚が見えるほどにコントラストを高めている。高緯度地方独特の、カリカリにシャープな夏空が広がっていく。

中学時代はバドミントン部で部長をつとめていた。そう聞いて、何も違和感がない。きっと明るく活発で社交的だっただろうなと素直に思える人だ。小さい頃から生き物や草花が大好きで、大学では鳥のことを学ぶつもりだった。が、ふとしたことからマルハナバチの研究に関わり、ハチが訪花する植物を記録していくうちに植物の分布に興味を持ったのだそうだ。
「大学のときも、わりと虫や植物を見つけるのは得意でした。教授からも “KUSACOは目がいいからフィールド向きだ” って言われてたんですよね」
 それと、と彼女は付け足した。
「ややこしい植物の名前も、割とスッと覚えちゃうほうで」
 つまりそういうことなのだ。向いている、才能がある、最初から上手くできるといったことのおおもとをたどれば、それは根っから “好きだ” ということと同じなのかもしれない。

現在の彼女を引っ張っている情熱は、
ある植物図鑑に巡り合うことで呼び起こされた。

「梅沢 俊(うめざわ しゅん)さん、って方の『北海道の花』(著者注釈:現在は新版の『新 北海道の花』として刊行)っていう本があるんです。北海道で見られる野の花はほぼ出てると思います。写真も全部、梅沢さん自身で撮ってるんです。他の図鑑だと葉っぱの重要な部分とかが写ってなかったりするんですけど、梅沢さんの写真は肝心なところが全部写ってて完璧なんです」
 この図鑑に出会って、彼女の植物への想いが加速した。自分が住んでいる北海道にはこんなにも美しい花が、こんなにもたくさんあるのかと驚いた。そして学び、知り、知識が増えることで、これまで以上に物事を深く見ることができる感動を知ったのだ。

「それまであんまり大きな感動もなかった散歩道が、ちょっとのことで全然違うんですよ。知識が増えると見え方が違ってきて、今まで行ったことがある場所でも新しい場所に来たみたいなんです」
『北海道の草花』で開かれた扉の向こうには、とてつもなく豊かで奥深い世界が広がっていた。
「植物は気候だけじゃなくて土壌でも分布が変わるから、土のことまで考えるようになったり。たとえば、この植物が生えてるってことは乾いてるように見える土壌も、深いところではちゃんと湿気を持ってるんだな。だったらこっちの植物も生えてるかもしれないな、とか。色んな見方で植物を捉えられるようになったんです。知識が増えれば増えるほど景色が細やかに見え始めて、隠れてたものに気づいて、あれとこれとがつながっていく。そこに、ものすごく濃く喜びがあるんです」
 知識が増えていくことが楽しくて楽しくて仕方ない。そこに経験が重なればなおさらだ。だからこそたくさん見たい、全部知りたいと渇望する。
「改めて、私はものすごくたくさんのものを見落としていたんだな、って思いました。だからまだまだ、当分はやめられないです。そして見るからには記録しておきたいんです。ちゃんと大事なところに注目して、特徴が分かるように写真を撮って、花だけじゃなくてつぼみも、実も、茎に生えている細かな毛も、全部きちんと記録しておきたいんです」
 決して花の写真を趣味にしているわけではない。可能な限り正確に記録を積み重ねていこうとしているのだ。そしてこれは、非常にシンプルで真っ直ぐな知識欲が推進力なのだ。
「私は科学的な分析や学術的な考察はできないので、研究者ではないです。植物が好きでしょうがないから、見たいものはたくさんあるんです。その意味では単なる植物オタクですね〜(笑)」
 だけど僕らは知っている。
本当にベーシックなところでカルチャーを支えてきたのは、いつだって情熱的に活動する好き者たちだ。そういう、損得抜きで好きなことに没頭する人たちはリスペクトに値する。

「植物が好きで良かったと思うんですよ。動物だったら見に行っても待たなきゃいけなかったり、会えなかったりかもしれないけど、植物はそこにありますから。私は花である必要もないから、いつ行っても嬉しい。それに私は高山植物が好きだとか、コケが好きだとか、そういうこだわりもないんですよ」
 だからフィールドは山に限らない。平地、湿地、海沿いの道路脇、畑の横、庭のすみ。すべての場所にある植物を、彼女は均等に愛でるのだ。
「もちろん山にしかない植物を見たいときは山に行きます。植物ありきなのでフィールドではなく、植物が主体。見たい植物のあるところが、行きたいフィールドなんです」 そう言って、彼女は軽快な足取りで野山を歩く。

普段の僕らにとって、登山道を覆う木はただの木だ。同じように山道の脇の草はただの草だ。木があることも、草が生えていることも意識したことはなかった。けれどKUSACOさんは植物を見て、その名を挙げる。アポイアザミ、アポイクワガタ、アポイツメクサ、アポイハハコ。ここにはアポイの名前がついた固有種が多いんですよ。同じようにヒダカイワザクラ、ヒダカトウヒレン、ヒダカミセバヤっていうのもありますし、エゾオグルマ、エゾカワラナデシコ、エゾキスミレ、エゾサイコ、エゾスズラン、エゾノコウボウムギ、エゾマツムシソウ、エゾルリムラサキもあります。こっちのはダイモンジソウで花の形が漢字の大って字みたいですよね。あ、ネジバナだ。チシマセンブリ、キンロバイきれいだなぁ、イワツツジはかわいいなぁ。
 彼女が植物の名前を口にすると、何の変哲もない風景が色づくように思えた。モノクロの景色のなかに水彩絵の具をさすようだ。名前を呼ばれた植物たちの、その周りだけ息吹きが灯ったような気がした。

名前を知ることは、気持ちを向けることだ。

見逃してしまいそうな小さな存在に、きちんと気づくことだ。名前を知ることは、大切にすることの最初の一歩なのだ。
 この日、教えてもらいながらノートに書いた植物の名は全部で34種。きっと口にしなかっただけで、頭の中にはもっとたくさんの名前が浮かび上がっていたはずだ。彼女はいったいどれほど多くの色で、この景色を染め直しているのだろうか。
 きっとKUSACOさんは植物を知ることで、世界を描きなおしているのだ。

PLAY No,04

KUSACO

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https://kusaco116.com/

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