PLAY! #わたしらしく山を楽しむ

PLAY No,06

野草愛好家

KUSACO

「ほらほら、これ見てください。か〜わいい〜〜でしょ〜〜」

 旭川市郊外の低山には雪が降り続いていた。スネまで積もった雪をかき分けながら、KUSACOさんは葉を落とした樹から樹へと跳びはねるように歩いていき、爪の先ほどの小さな被写体にマクロレンズのピントを合わせる。
「笑ってる顔みたいなんですよ。かわいいなぁ〜〜」
 冬になって葉が落ちた後、枝に残る葉の跡を葉痕(ようこん)というのだそうだ。
「葉っぱの葉柄(ようへい。葉の付け根の太いところ)の中には水分や養分が通る管があるんですけど、冬になって葉っぱが落ちるとき、葉柄の断面の形が枝の樹皮に残って、顔みたいに見えるんですよね。管の配置や数は木の種類で違うから、葉痕の形も木によって違うんです」
 楽しそうに教えてくれるが、それをどう解釈すればいいのだろう?
「え? だって葉痕を見れば木の名前が分かるんですよ。果実も葉っぱもない冬に、木の名前がバチッと分かるとか、めっちゃかっこよくないですか!? あと、冬芽(ふゆめ。とうが、と読むこともある)でも木の判別ができるんですよ」
 キラキラの目でそう話すと、KUSACOさんは次の枯れ木に顔を寄せる。
「わ〜、見てください、こっちはオニグルミです。これがいっちばんかわいいんですよ〜。ひゃ〜〜この葉痕、すごくきれいに出てる〜〜」

野草愛好家として活動するKUSACOさんには夢がある。

草花を愛でる楽しさを教えてくれた図鑑『北海道の花』に掲載されているすべての植物を見ることだ。
「花だけじゃなくって、芽も実も全部見てみたい。そうして写真も撮って、しっかり記録していきたいんです」
 しかしご承知の通り、北国・北海道のグリーンシーズンは短い。
「植物ってとにかく種類が多いし、見たいものはたくさんあるんです。なのに春から秋までが短いから、花が咲く時期とか実がつく時期とか、タイミングが重なっちゃうんです」
 いきおい、スケジュール帳は植物観察の予定でびっしり。プライベートな時間はすべて植物観察に費やしているほどだ。
「そんなだから春夏秋は観察に集中して、写真を整理したり文献から植物のことを新しく学んだりするのは冬、って感じだったんです。もともと寒いのは苦手で外に出るのは嫌いだったし、冬は植物も枯れちゃうし、どこに行っても雪景色でしょ。それなら家の中でできることをやろうって」
 ところが、なのだ。
「冬は冬で、おもしろかったんです」

KUSACOさん自身、もともと樹木にも興味はあったのだそうだ。

「草花の時期はどうしても足元ばっかり見てるから、樹木を見上げる機会が少ないんですよね。木は葉や花も高いところについてるから観察しにくいっていうのもあります。そんなだから私にとって、草花と樹木の両方を楽しむのは難しいって思ってたんです」
 それでもやっぱり樹木のことを知りたい。そこで、少し時間のできる冬に出かけてみたのだ。
「観察は樹種判別から始めるんですが、冬は葉が落ちてるから樹皮で見るんですよ。だけど似てるものが多いし、樹齢が重なると特徴もはっきりしなかったり。そんなだから名前を調べるにも時間がかかってしまって、やっぱり樹木はちょっと大変だなって思ってたんです。
 でもある日バードウォッチングで森を歩いてたら、バルタン星人みたいな形をしてる芽があって。こんなに特徴のある形ならすぐ分かるだろうなと思って、図鑑を調べたんですよ。そしたらオオカメノキっていう木の冬芽だったんですよ。その時、冬芽の形は樹種で違うっていうことに気づいたんですよね」

 冬芽とは、葉の落ちた枝についている小さな芽の袋だ。中には春になると芽吹く若葉や蕾が収められている。樹木はこうした冬芽を作ることで、冬のうちから春の準備をしているのだ。
「確かに草花でも、植物によって芽の形は違うんです。改めて考えてみたらそうだよな〜って。冬芽は形の他に芽鱗(がりん)っていう芽を覆ってるうろこ状のものの枚数とか、毛があるかないか、みたいな要素も観察していくんですけど、見分け方が分かってくると、どんどん樹種の特定ができるようになってきたんです」
 さらに。
「厳しい寒さを乗り切るために不凍液のような液をにじませていたり、毛皮のコートを着るようにたくさんの毛で覆われていたり。小さくて目立たないけど冬芽は冬芽として、生きるための工夫をものすごく重ねてるんです。それがたまらなくいじらしいなって思えてきて」
 冬芽を通して木の名前を知り、名前を元に特徴を調べ、その知識を次回の観察に役立てる。こうして好奇心のはずみ車はどんどん加速していく。葉痕や冬芽をきっかけに、今や冬さえも観察の季節になってしまった。
「楽しいです。でも困ってます。勉強や写真整理をする時間が足りなくなっちゃいました」

 夏は濃密だ。多くの植物が花をつけ、緑の葉を広げ、空に向かって突き上げるように背を伸ばしていく。植物たちのほうからどんどん押し寄せてくるような圧さえ感じる。ところが冬は何もない。葉は落ち、茎は枯れ、すべてのものは春になるまでじっと立ち止まっているかのようだ。
「そう思ってたんですよ。だけど葉痕を残した茎は少しずつ太くなっていって、やがてその模様を残すような太い幹になっていきます。
 冬芽は春の訪れと同時に芽吹きますし、見上げれば樹木に着生する冬緑性(とうりょくせい。冬の間も緑の葉を茂らせる性質)のシダが、葉っぱを落とすことなく春を待っています。岩場に行けばコケ類が冬を乗り切ろうとしている。気がついたら、冬は冬で見るものいっぱいあったんですよ」
 そうなってくると、冬もおもしろい。
「こっちから見に行けば、いくらでもおもしろいものが見つかるんです。ある意味、仕込んだ知識をぶつける甲斐のあるシーズン。自分のやってきたことが試される季節なんですよ」

その日、低山は厚い雪雲に覆われていた。

 風こそないけれど、気温はマイナス10度を下回っている。そんな日でも、観察のときのKUSACOさんは手袋をしない。
「冬芽って毛が生えてたりするし、やっぱり体験として触ってみたいんですよね。あと、写真撮るときも手袋はないほうが操作しやすいので」
 寒いのは苦手だ、冬は嫌いだったという人が、体の芯までこわばるような寒さの中、素手で歩いている。
「手は冷えますけどね。やっぱり見るために来てるから。見ること、体験することを優先したいんです」
 そう言って、見つけた葉痕や冬芽から木の名前を口にする。
「オオカメノキの冬芽は二又がほとんどなんですけど、三叉で派手な王冠みたいになってるのもあるんですよ。顔にツノが生えてるみたいな冬芽もありますね。ツルアジサイは装飾花が4枚だから枯れてても分かります。装飾花が1枚ならイワガラミかもしれないですね。あ、これはイヌエンジュだ。鱗芽の樹皮に毛が生えてるんですよ。だけど幼木の時には毛がほとんどないんですね。図鑑にも書いてないから、これはメモしておこうっと。サクラは同定が難しいなぁ。エゾヤマザクラとチシマザクラをちゃんと見分けられるようになりたいんですよね。見てください、オニグルミは葉痕がホントに羊の顔のような形なんですよ。そこに帽子かぶってるみたいな形で裸芽(らが)が乗ってるんです。かわいいですよね〜。こっちはサルナシだぁ。この冬芽は隠芽(いんが)っていって、樹皮に包まれてるんですよ」
 夏と同じだ。KUSACOさんが木の名前を口にすると、それまで風景の中に埋もれていた植物に光が当てられたように思えた。モノクロームの冬の景色に、少しだけ暖かみのある色が足されたような気がした。

 それはまさに、世界の解像度が上がっていくということなのだ。知ることで、より細かなものが見えるようになってくる。知識は、見えていなかったものを鮮やかに浮き上がらせる。
「冬芽や葉痕のことを知る前は私も、冬は何もない、どこ行っても同じ景色っていう印象だったんです。だけど勉強したら何ていうか、突然フォーカスする力がついたような、風景の中に埋もれて気にもしていなかったことが目につくようになって。そしたらどこ歩いても楽しい、って思うようになったんです。その時の感動は覚えてますね。だからあんなにつまんないと思ってた冬なんですけど、今はなんて楽しいんだ、なんて美しいんだって思ってます」

PLAY No,06

KUSACO

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