Adviser Blog

October.12    

クライミング世界選手権レポート by 鈴木直也

a

2年に1度のクライミング世界選手権。

オリンピックが決定たこともあり、今まで以上にたくさんのメディアが開催国フランスへと足を運びました。

日本代表選手には一般の選手と障害者選手(パラクライマー)があり、私、ミレーテクニカルアドバイザーの鈴木直也は、今回で4回目のパラクライミング日本代表選手のコーチとして同行しました。

クライミング世界選手権にパラクライミングが参入した2010年の中国大会。その年には「IFSC視覚障害者世界選手権」が日本国内で行われ、その頃から視覚障害者のクライマー人口が増え始めました。その先駆けとなり、現在でも国内の障害者クライミング育成に力を注いでいるNPO法人モンキーマジックの小林代表は、言われと知れた現在世界選手権B1カテゴリーのトップです。その小林選手を今回もサポートとして私は全力でサポートしました。(B1カテゴリーは全盲カテゴリー)

今まで3回の世界選手権を共にし、前回のスペインでは見事金メダルを獲得した小林選手。年齢のハンデを感じつつも、自分の限界をプッシュし、今回の大会までの体作りを専門のコーチなどの力を借りて、万全のコンディションで大会に臨みました。

今回の世界選手権パラクライミング部門には73名のアスリート、9カテゴリーでの大会となり、小林選手以外の日本代表選手は3名、うち神経障害者カテゴリーに1名の計4名で世界の舞台で戦いました。その他のカテゴリーとして、肢体不自由(腕又は足)のカテゴリーも含みます。

d
小林選手と親友のスペイン・ウルコ選手(前回肢体不自由部門優勝)

予選は2本、小林選手はナビゲーター(コーチ)の方向指示のもと一般のクライマーと何ら変わりなく、強い登りを見せつけます。前世界王者の小林選手は予選1本は完登、2本目はリーチに泣かされた部分もありゴール5つ手前でフォールでしたが、予選通過。決勝で最高のパフォーマンスを期待しました。

e
(会場の雰囲気)

クライミング世界選手権がなぜ特別な大会なのか?そこには様々な理由がありますが、なんといっても一般の競技と交互に行われるというところだと思います。つまり、オリンピックとは違い、例えば一般のボルダリング決勝後、同じステージで小林選手のB1カテゴリー決勝が行われるのです。それにより、観戦しているお客様は全ての競技を一度に見れるということです。種目が多いオリンピックで同時にパラリンピックを開催することは難しいとは思いますが、この方法が一番の理想であり、真のフェアプレーではないかと個人的には思っています。

f
(全ての決勝競技はこの舞台で行われた)

ちなみに、今回私は全ての場面でドライナミックメッシュのアンダーを着て小林選手をサポートしました。発売当初から、岩シーンだけではなく、あらゆる環境でこのアンダーを試し続けていますが、この撥水力には驚きしかありません。山で使用する目的での開発だとは思いますが、私は、あらゆるフィールドで是非試してもらいたいと思います。それ以外のアウターは、日本代表コーチということで、指定されたジャパンユニフォームでの着用でした。

g
(ドライナミックメッシュ)

決勝は、今回ボルダリングで優勝した楢橋選手のあとに行われました。視覚障害カテゴリーは特別な環境で戦うことになります。1万人以上の観客が「アレー=がんば!」と叫んで応援していたボルダリングから一気に別世界の「サイレントモード」に切り替わります。ナビは選手に向かって指示を出すため、その妨げにならないよう無音の会場で大会が行われます。この異様な雰囲気は、会場にいないと味わえない、特別な経験になります。

ファイナリストは計4名(フランス、イタリア、スペイン、日本)各国は独自のメソッドで意思疎通を行いながら登ります。イタリアとスペインはトランシーバー、フランスと日本は肉声ですが、私は応援に駆けつけてくれた友人(今回日本人選手全員を飛行機で運んでくれたパイロット)のお手製ペットボトルメガホンを使用して、的確に小林選手にナビをしました。

h
(ナビと小林選手)

ファイナルの課題は7a/b(5.12)、リードファイナルと同じ壁で行いました。途中140度ほどの壁は圧巻の長さを誇り、腕力だけではなく精神的にダメージを食らう強傾斜となっています小林選手はその傾斜も感じさせないぐらいの安定で登り続けました

 i

j

ゴール手前まで登り、最後のゴール取りで2回やり直し(体制を変え)、最後は一か八かの勝負で飛びつきましたが、数センチのズレで惜しくもフォール。しかし登り終えた他の2選手より上に行っていたことはこの時点で分かっており、残るは今回抜群に安定した登りを予選で見せつけていたイタリア選手の結果次第となりました。

k
(ゴール手前でフォール)

壁裏で無音な会場の中、小林選手と私はイタリア選手の結果を待ち続けていました。私は会場にある巨大スクリーンでイタリア人選手の登りを見ていました。すると突然歓声と叫声が同時に会場を埋め尽くし、その瞬間小林選手の優勝が決定。2回連続世界選手権優勝の瞬間でもありました。イタリア選手は惜しくもゴール5つ手前でフォールしました。

l
(イタリア人選手が落ちた瞬間の観客席)

2016年の世界選手権は今年も無事幕を閉じ、気づけばジャパンパラクライミングチームは2つの金(B1とB2)と1つの銅(女子神経障害カテゴリー)を取得し、日本のクライミング界だけではなく、世界のクライミング界へ強烈な強さをアピールできた大会であったことは間違いないと思います。

m

最後に、今回も選手ではない私に様々な協力をしてくれたミレージャパンに感謝します。今後もパラクライミングの更なる発展を目指し、いつかパラリンピックの競技として認定され、世界の人々にこの素晴らしいスポーツを広められたらと思います。

鈴木直也

ミレーテクニカルアドバザー