/// Discover Millet - History

The creation of the brand

1921

マーシャルワックスドテーブルクロスカンパニーを営んでいたマーク・ミレー(レイモンド・ミレーとルネ・ミレーの両親)は、軍事用のハバーバックからハイキング用のショルダーバック、食品用手提げバックなどを製造するラボラトリーをフランスのリヨン郊外に位置するセイント・フォンスに設立します。
当時の職人は10人。

1928

アヌシーのレス・メルキュールにラボを移転。

1934

フレーム付きのバックパックを開発し、完成させます。




Takeover by brothers René and Raymond

1939-45

ミレー兄弟はフランス革命に従事します。ルネはレス・ボージュに滞在し、レイモンドはレス・グリエールに滞在し、革命活動のためのバックパックを支援します。

1945

ミレー兄弟は完全に会社を引き継ぐことになります。

1946

ルネ・ミレーとCAF (French Alpine Club)はマウンテニアリングに適合させるバックパックを創造させるアイディアを得ます。
CAFでルネは、革命的なバックパックの開発に欠くことのできない人物ルイ・ラショナルと出会うのです。



The conquest of Himalaya : Annapurna expedition, Maurice Herzog and Louis Lachenal

1950

ミレーはモーリス・エルゾーグとルイ・ラショナルが所属するフランス登山隊の初のヒマラヤ山脈の中央にそびえる8,091mのアンナプルナへの登攀を支援し、登頂成功へと導いたのです。
この功績により、MILLETの製品がフランスで開発され、マウンテニアリングバックパックの第一人者として世界中の評価を集めます。1950年、MILLETは過酷な状況下でも絶対的なパフォーマスを引き出せるクライミング用に特別にデザインされた初のバックパックを誕生させたのです。

Bonatti, Millet’s first technical consultant

1959

レイモンド・ミレーは、イタリアのクルマユールでディストリビューターであるニコラ・ルチアーノの紹介により、ガイドであるウォルター・ボナティと出会います。 これを機にボナティはMILLETの初のテクニカルアドバイザーとなるのです。“Confiez vos charges à Walter Bonatti” 「ボナティにあなたのバックを背負わせて」のスローガンを掲げ、世界中に影響を及ぼさせます。

1963

MILLETは世界初となる革命的なバックパック用のシームレスストラップを開発。
ナイロンとフォーム入りのパッドで作られたそのストラップは国際的な特許となります。

1950年代後半から1960年代にかけて、MILLETはクライミング用バックパックのスペシャリストとしての地位を確立します。

1960

国内での開発/製造から国際的な販売を開始し、数多くのエクスペディション(探険)の成功を収めます。

1964

ヨーロッパで初となるナイロン製のバックパックを開発。今までは一般的にコットン製のタイプでした。
その後世界中で似た製品が出現する事により、誰もがバックパックの先駆者であるMILLETを認めた時代でもありました。
それに伴い、スキーを取付けるためのチューブストラップ型トンネルループの特許を取得します。

1975

シャモニーの麓、アヌシーでの開発/製造が限界に達し、新たに53km離れたサボア地方に位置するフロンテネクスにファクトリーを建設します。
1950年以来、アルパイン界との揺るぎない関係を築きあげ、名のあるアルピニストたちやクライマーたちと活動を共にします。



機能性に満ちた初のマウンテンクーロジングライン

1977

ダウンウエアの開発と初のGore-Tex® 製のパーカを完成。
MILLETはハイキング用とスキー用のガーメントのカテゴリーごとに多目的な高次元で動けるラインを発表します。
この多目的なアイテムたちこそがMILLETブランドの基盤となり、マウンテニアリングとハイキングの経験から知識と共に現在のネットワークへと発展を遂げます。

この発展がMILLETを成功へと導きます。

The first no-oxygen and solitary ascensions of Everest.

1978

5月8日、ラインホルト・メスナーと北チロル人のペーター・ハーベラーがMILLETのバックパックと共にエベレスト無酸素登頂を成功。

1980

8月20日、ラインホルト・メスナー(Reinhold Messner)がエベレスト単独無酸素登頂を成功。
ノースコルから北壁に一部新ルートを拓いて頂上に達した最初の男となったのである。

1985

クリストフ・プロフィット(Christophe Profit)がアイガー、セルヴァン、グランデスジョラスと42時間の内に3つの山の登頂を成功。Hyper CouloirとPeuterey Ridgeを使用。

1987

テクニカルコンサルタントであるラインホルト・メスナー(Reinhold Messner)、パトリック・エドリンガー(Patrick Edlinger)、フィリップ・ジャントット(Philippe Jantot)が次々と登頂を成功。特別にシーラインが発表される。

1993

革新的なアイスアックスループシステムが開発される。


The merger with Lafuma.

1995

2月6日、フランスのバックパックトップメーカーであるLafumaと合併。

1996

Lafumaとの協同開発を開始し、インターナショナルブランドとしての地位を確立。

2nd Diversification on the rope and mountaineering boot markets.

1996

LafumaがRIVORYと合併。

1998

クライミング、ハイキング、マウンテニアリングブーツを開発していたONE SPORTS社の引き継ぎを受け、Lafumaグループの中でテクニカルセクションを設立。

1998

クライミング、マウンテニアリング業界の中で世界第2位の規模をシェアするCOUSINとRIVORYと共にパートナーシップを締結。ロープの開発を開始。

The first descents of the Everest in snowboard

2001

エベレストのNorton Couloirをスノーボードで滑走するマルコ・シーフィルフィルディ(Marco Siffredi) の為のエクイップメントを開発。


Himalayan sumits clean up operation

2003

テクニカルアドバイザーであるHan Wang Youngとヒマラヤのアルピニストたちが集結し、世界に14箇所存在する8,000m級の山々でサミットを開催し、全てのベースキャンプの清掃活動を実施します。


Du Lac World Bouldering Champion

2004

Daniel Du Lacがワールドカップのボルダリングチャンピオンの座を確立し、同年にヨーロピアンチャンピオン、そしてフレンチボルダリングチャンピオンにも選ばれ、三冠王を達成する。


Chomolonzo Expedition

2005

ヒマラヤのエクスペディション用の開発を行い、クリスチャン・トモドフ(Christian Trommsdorff)、ヤニック・グラジアニ(Yannick Grazianni)、パトリック・ワグノン(Patrick Wagnon)がチョモランマの未開拓地であった7,000m地点の登頂を成功。

世界で初となるクライミングロープのリサイクルを開始。

ステファン・ブロッセ(Stephane Brosse)とパトリック・ブランク(Patrick Blanc)が山岳スキーレースの3大会(Pierra Menta, Mezzalma, Patrouille)で全て優勝するという快挙を達成。


“Save & Recycle”

2006

“Save & Recycle”をヨーロッパ全土へ拡大。

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