「パートナーはいつもMILLET」By 上野馨
ストーブの炎の音に目覚めると、辺りはまだ暗い。
シュラフのまま、テントのベンチレータから外を覗くと、東の空に鮮やかなオレンジ色の筋が見えた。
1980年5月、インド・ヒマラヤ、ガンゴトリ山群。
標高6,250m。両側の切れ落ちた狭いコルに張られたテント中で、リーダーのMさんと私は最後のアタック準備に取り掛かる。
ここまで一気に上がってきたため高度馴化がうまくできていない私は、Mさんが作ってくれた食事を半分も受け付けず残してしまった。
ボーッとしたままの頭とスローモーションのようにしか動かない手足では、アイゼンを着けるのにももどかしいほどの時間がかかる。
「・・さぁ、行こうか。」
力の無い会釈を交わし、私たちは頂上に向け一歩を踏み出した。
私の背にはミレーの#600「ドリュー」。
天蓋だけのポケットも何もないシンプルな型で、当時、「ミレーの一本締め」と呼ばれた憧れのボナッティ・モデル。
思えば今日まで、このザックと共に幾多の山行を重ねてきた。
秋の谷川では誤ってこのザックを200mも転落させてしまい、10針以上縫う「重傷」を負わせてしまったし、また冬の穂高・屏風岩では軽量化のためシェラフも持たず、ヨーロッパのアルピニストがしていたようにザックに足を入れ、厳しい夜のビバークに耐えたりした。
「山の厳しさを知っている人は無言のうちにミレーのザックを選んでいます」
当時の広告のキャッチ・コピーに魅せられ、早くミレーのザックが似合う一人前のクライマーになりたいと願ったものである。
迷路のような危険なセラック帯を抜けると、あともうは急だが単調な雪壁が空まで続いていた。
空気が澄み、遠近感の感じられないヒマラヤでは、目指す頂上がすぐ手の届く位置にも見えるし、永遠の距離のようにも思えてしまう。
数歩進んでは立ち止まり、荒い呼吸を整えると再び数歩。その繰り返し。
立ち止まっている時間の方が長いくらいだが、それでも着実にゴールは近づいてくる。
そしてついに・・・。
握手を交わすと、ザックを傍らに下ろし、思わずその場にへたり込む。
もう登らなくていいと安堵感に満たされながら、しばらくすると思わずザックにも「ご苦労さん」と声をかけたくなった。
ボナッティに憧れ、少しでも近づきたくてガムシャラに登っていたあの頃。
背中合わせのミレーのザックは、私にとってまさに一番身近な「パートナー」だった。
上野馨