BEYOND THE SUMMIT

KURIKI×MILLET
MILLETテクニカルアドバイザー栗城史多がフィールドでの実地着用を積み重ねてつくられた「BEYOND THE SUMMIT」シリーズ。
各パーツにはパフォーマンス効率を上げるための斬新なアイデアを取り入れ、更にGORE-TEX®素材の採用によって、世界の名峰にチャレンジするためにふさわしいハイエンドモデルが誕生しました。

よりヒマラヤに近づきたいという思いから全モデルには栗城自身が命名しネパール語の名前がついています。
1982 年北海道生まれ。
大学山岳部に入部して2 年後の2004 年6 月、初の海外旅行で北米大陸最高峰の「マッキンリー」(6194m) を単独登頂。
2005 年1 月、南米最高峰「アコンカグア」(ポーランド氷河) に、単独登頂後「山と地球を感じたいてみたい」と思い、6 大陸最高峰を単独登頂してきた。
卒業後2007 年からはヒマラヤ8000m 峰を目指すようになり、2007 年5 月、ヒマラヤ初遠征で世界第6 位高峰「チョ・オユー」(8201m) の無酸素登頂を果たす。
その時からインターネットを通じての動画配信を行い、「冒険の共有」を目指すようになる。
2008 年10 月には、世界第8 位高峰「マナスル」(8163m) で、日本人として初となる無酸素登頂と、山頂直下からのスキー滑降に成功。
2009 年5 月、世界第7 位高峰「ダウラギリ」(8167m) の無酸素登頂に成功し、6500m 地点からインターネット中継も行う。
2010 年5 月に「アンナプルナ」(8091m) 登頂を目指し、2 度アタックするも残り400mで下山。
2011年5月に「シシャパンマ」(8027m)では標高差2000m近くの南西壁に挑み、氷壁を登りきったものの登頂かなわず下山。
エベレストには登山隊の多い春ではなく気象条件の厳しい秋に単独・無酸素で2009年から3度挑戦。「冒険の共有」という山頂からのインターネットライブ中継による新しい冒険に挑む。